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振付家インタビュー#2 ピチェ・クランチェンさん、安永ひよりさん


ピチェ・クランチェンの代表作『No.60』(2020)は、タイの古典舞踊「コーン」の「テーパノン」と呼ばれる59の型を分析、検証することで、新たに60番目の動きを創り出す作品です。今回、国内ダンス留学@神戸9期「Newcomer/Showcase#2」では、『No.60』の手法を用いて5名のダンサーたちと協働してダンスの未来を探求する新作『Re-Mapping Traditions』を11月3日・4日に上演します。

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『No.60』の手法


───この度の新作『Re-Mapping Traditions』は、ピチェ・クランチェンさんの代表作『No.60』の手法をベースに作られていますが、『No.60』とはどのようなものなのでしょうか?

クランチェン:『No.60』は、古典舞踊など既にあるものを再構築したり、何か新しいものを加えて発展させていくことをベースとしている手法です。その中でも「自由」であることを大切にしています。なので、『No.60』という振付があるというわけではなく、『No.60』という知識という風に考えてもらえたらと思います。


───今回なぜ神戸の若いダンサーたちとこの手法を使って新しい作品を作ろうと思いましたか?

クランチェン:15年程このテーマでリサーチをしています。新しい動きを生み出すために、何をどう変化をさせていくか、肉付けをしていくかということを考えていく中で、タイの古典舞踊のDNAというか、その元となるような動きを使って、タイ以外のアーティストとどのように融合させることができるかということにとても興味を持って取り組んでいます。そしてこのタイのものを世界のダンサーたちと共有し協働することで、新しい国際性とか文化を作り上げられたらと思っています。


───これまでに『No.60』の手法で他の国のアーティストと作品を作ったことはありますか。

クランチェン:はい、1度だけ。2年前に香港の4名のダンサーと『No.60』の手法を使って協働しました。男性2名、女性2名でヒップホップやバレエ、コンテンポラリーダンスなどそれぞれバックグラウンドの違う人たちでした。けれどもCOVID-19の影響でそれはオンライン上のみでのクリエーションでした。



ダンサーたちとの向き合い方


───今回のダンサーたちと出会ってまだ1 週間ですが、彼女たちの印象を教えてください。

クランチェン:最初の3日間はオンラインでのレクチャーでしたが、この1週間で、彼女たちはある程度、私が作品を作る時の要素や手法を自分の中で整理できているように感じます。ベースとなる私が与えたヒントや例の中から自分たちでピックアップして、私が伝えたいこと言いたいことの根源をきちんと組み取って、それをさらに自分たちが培ってきた経験と合わせて自分なりの何かを表現しようとしている姿が見られます。そして何より良いのは、この 5 人それぞれがいい意味でバラバラということです。『No.60』は、そのように異なる人たちを求めています。


───毎日のクリエーションの中で、ピチェ自身の哲学や考え方、アーティストとしてのものごとの捉え方や見方をダンサーたちと共有してくれています。若いアーティストと協働する時に大切にしていることはなんですか?

クランチェン:私はまず自分が持っているできる限りのことをダンサーに提供していくことを心がけています。若い人たちに私が培ってきたキャリアよりもさらに良い経験をさせてあげたいと思っているからです。自分の経験やキャリアの中で、ダンスに限らずパフォーマンスをしていく上で、直面する困難についても共有し伝えたいと思っています。どのアーティストにも孤独になって欲しくないので、いつも愛情を持って100%全力で向かっていることを彼らに示すようにしています。




身体とテクニック


───クリエーションの中で、ピチェはダンサーにとことん付き合い動きをクリアにしていく作業を結構されています。その時にダンサーたちに「もっとじっくりやってください」とよく声をかけていますよね。何度もそのテクニックを繰り返すことで、動きに厚みや説得力がでてきて何かそこからストーリーが生まれてくるようにも見えます。ピチェ自身がダンサーとして踊るときに“身体”と“テクニック”というものをどのように意識していますか?

クランチェン:まず、“身体”と“テクニック”というのは、全く違うと考えています。何もしてないときが“身体”であって、何かをするときが“テクニック”です。身体というのは、何も考えていなくて頭が空っぽでも存在するものです。一方で呼吸をしたり、筋肉を少し動かすだけで、それももうすでにテクニックであると考えています。そして、私の場合は何かするとき、動き出す前にまず毎回止まるということに気づき始めました。


───それはどういうことですか?

クランチェン:私は止まった瞬間に何を見るか何が見えるかで、その次の動きを導くことができます。私にとっての“止まる”というのは、一瞬でもすべてを停止することで、考えることも動くことも喋ることもストップする。次の動作、つまり“テクニック”に移るための準備することが“止まる”という行為なのです。



経験としていろんな機会を持つこと、そこから何か新しいものを学ぶ。


───9期コレオグラファーの安永ひよりさんは、今回の作品は、ダンサーとしての出演ではなく、演出側として参加していますが、このクリエーションを外から見ていて感じることはありますか?

安永:まず、ピチェのクリエーションの積み上がり方に圧倒されています。あと、振付家がダンサーに動きを求める時に何を共有していくのかというのってすごく難しいことだなと自分の経験上思っています。でも今回のクリエーションでは、ただこうして欲しいとかじゃなくてNo.60という手法があるからこそ、ダンサーは自ら自分の動きを説明できる、理解して生み出しているということが起きていて、これはすごいことだなと思っています。だから過去が現在になったり、それが未来に向かっているのかもしれない、そういう感じがしています。あと、ピチェへの質問なんですが、今回の手法では、ダンサーがそれぞれ新しい動きを生み出す時に、過去の出演作品の写真から動きを再構築していったり、引用みたいなことがあると思うのですが、ピチェの哲学や方法論に何か影響を与えている人や影響を受けた考え方はありますか?


クランチェン:私はいろんな人の研究をしてきています。誰がどう成功したか失敗したかも含めて。過去に生きていろんなことをされて活躍してきた人々が、自分にとっては大切な存在なので、誰か一人というよりその全員から影響を受けてきています。自分が大切にしていることと言えば、ありがちかもしれないですが、私はクラシックバレエをやっているからクラシックバレエ贔屓、ヒップホップやっているからヒップホップ贔屓みたいなことをせず、どんなジャンルからも平等に学ぶということです。何か一つに特化するということはしないようにしています。



───それはピチェ自身が古典舞踊をやってきたからこそ思うことなのですか?

クランチェン:疑問に思うのはなんでみんな自分の領域を決めたがるのか。いくらでもいろんな機会を作ることができるのに、敢えてひとつのポジションを守ろうとするのかが逆に疑問です。私はこれが好きとか、これが嫌いというわけではなく、経験としていろんな機会を持つことを心がけています。そこから何か新しいものを学べると思っています。未来に向けて何か新しい挑戦とか経験ができるものが“アート”だと思っています。




ダンサーとの信頼関係の持ち方


───今回のクリエーションの中でのピチェとダンサーとのやり取りを拝見していて、初日からダンサーたちに対してオープンで、初対面にも関わらず信頼している様子が伺えます。ダンサー一人一人にかける言葉や渡す課題が違っていたり、ダンサーとの関係作りが円滑だと感じています。若い振付家にとっては、ダンサーとの信頼関係の持ち方っていうのはすごく難しいです。

クランチェン:それは私が歳をとって経験しているからですよ。どんな人でも色々な美しさや特徴、輝く部分を持っているので、それをいかに掬い上げて舞台上でその人の美しさを表現させてあげるかというのが、振付家にとって大切なことだと思っています。振付家として活動する時、何か素材というか特徴も含めてとても細かく観察するように心がけています。一瞬でも綺麗な動きがあったり、中にはそうじゃない時もあるけれども、その動きを見つけた時にそれを元にいかにして100% 以上に磨き上げ、舞台上でのパフォーマンスにつなげていけるかということを常に頭の中で考えていています。私は振付家としてどんなことを気にかけているか。出演者であるダンサーついてなのか、作品について、観客について、それともプロデューサーについてなのか。多くの若い振付家は作品に囚われているような気がします。私はこれらの全てを気にかけていると思います。例えば、朝、劇場に来た時のダンサーの動きや現場の雰囲気、エネルギーを見て、今日はどうしようかと考えます。ちょっと疲れているのかな?なにか悩んでいるのかな?などその場で感じ取って、その日のクリエーションにつなげていく。毎日状況見て、物事を判断しなくてはいけないと思っています。少し疲れている様子ならスローペースで進めたり、逆に疲れとか痛みを忘れさせるために、気合を入れるような進め方をする時もあります。そして、その状況に応じて最適な言葉を選ぶようにも心がけています。色々な方法がありますが、一貫して言えることは自分がダンサーたちや協働する人たちに対して愛をもって接することだと思っています。




ピチェ・クランチェンとダンスボックス


───ピチェの日本での初めての仕事がダンスボックスなのですが、出会いから20年以上経ちます。その後、数えきれないほど日本を訪れて作品を発表されていますよね。ダンスボックスとの協働は約10年ぶりですが、久しぶりのダンスボックスの印象はどうですか?

クランチェン:ここへ来てまだ3-4日しか経っていないですが、ダンスボックスは、前回来た時よりも前進している印象があります。例えば、同時期に他の企画がいくつも同時進行していることだったり、その企画も地域の人たち、海外の人、学生や子どもたち、ハンディキャップをもった人たちとの協働など、様々なカテゴリーでプログラムを広げてアプローチしているのが素晴らしいことだと思います。ダンスボックスを通じてアートとコミュニティと世界が繋がり、それらをイコールにするような仕組みを作っているように感じます。あと、ダンスボックスは、アーティストも含めて周りの人を家族のように扱っているように感じます。そして、スタッフがそれぞれの家族も大切にしているところがとても良いですね。世界に飛び込む前に自分の家族や近くの人たちを大切にすることが重要だと思います。そしてそれを実現しているのがダンスボックスだと思います。

 

───たくさん褒めていただいてありがとうございます。最後に、今回の作品の見所を教えてください。

クランチェン:このクリエイションでは新しいことに挑戦しています。こういうものがあるというのを、シェアしているだけなので、見所というのは特にありません。私たちは新しいものを作ろうとすることで、未来をどのように生きていくかということを考えています。逆に私にとっての見所というか、私が楽しみにしているのはお客さんの反応ですね。


───まだクリエーションは続きますが、これからどんなふうに作品が成長するか楽しみです。引き続き宜しくお願いします。
 

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〈公演概要〉


国内ダンス留学@神戸9期Newcomer/Showcase#2

ピチェ・クランチェン振付作品『Re-Mapping Traditions』



ピチェ・クランチェンは、タイの古典舞踊「コーン」をベースに現代的な改新を試みる作品を世界的に発表し続けています。本作品は、クランチェンの手法を用いて5名のダンサーたちの身体を再構築する新作を発表します。下町芸術祭2023のオープニングに合わせた上演です。

9期のNewcomer/Showcaseは、2名の振付家による作品に9期ダンサーとdBアソシエイト・ダンサーら5名が挑みます。それぞれ1ヶ月間の制作期間を振付家らと協働し、ダンサーとしての飛躍的なスキルアップを目指します。9期コレオグラファーは、制作現場に入り振付家の手法やダンサーとのやり取りなどを間近で学び取ります。

9期特設サイト:

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日時:2023年 11月3日(金・祝)19:00、11月4日(土)14:00

会場:ArtTheater dB KOBE(神戸市長田区久保町6-1-1アスタくにづか4番館4階)

振付・演出:ピチェ・クランチェン
出演:〈9期ダンサー〉秦知恵里、森岡美結菜、〈dBアソシエイト・ダンサー〉加藤典子、長野里音、西岡樹里
アシスタント:コーンカーン・ルンサワーン(ピチェクランチェン ダンスカンパニー)
演出助手:〈9期コレオグラファー〉安永ひより

チケット
▶︎一般:2,500円
▶︎長田区民:2,000円
▶︎割引:1,500円(U25・障がい者・介護者・65歳以上・会員)
▶︎高校生以下:1,000円
※当日券は、各200円増し
※未就学児の入場はご遠慮ください。
※12歳以下は保護者同伴のうえご来場ください。
 

チケット購入→


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〈関連ワークショップ〉

ピチェ・クランチェン

ダンサーのためのダンスワークショップ



ダンサーを対象としたダンスワークショップを新開地アートひろばにて実施します。新しいダンスの身体言語を取り入れることができる1日限定の貴重な機会です。

日程:2023年10月28日(土)
時間:18:00―19:30
会場:新開地アートひろば(リハーサル室2)
講師:ピチェ・クランチェン
対象:ダンス経験者
定員:20名
参加費:2,000円(U 25:1,500円)
申し込み

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主催 : NPO法人 DANCE BOX
企画・制作:NPO法人DANCE BOX 
宣伝美術:DOR 写真:岩本順平
提携:新開地アートひろば(指定管理者:公益財団法人 神戸市民文化振興財団)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(次代の文化を創造する新進芸術家育成事業))|独立行政法人日本芸術文化振興会
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