2022年7月からスタートした「国内ダンス留学@神戸8期」では、プログラムの一環として3組の振付家を迎え、寺田みさこ振付『Fugue 〜dB version〜』、モノクロームサーカス振付『怪物』『きざはし』、森下真樹振付『ベートーヴェン交響曲第9番を踊る』の3作品を上演しました。
いよいよ3月11日・12日に、8期生とdBアソシエイト・ダンサーらが自ら創作した集大成としての作品を上演します。
本番も目前に迫ってきた2月28日、8期ダンサーコースの新井海緒さん、山下桃花さん、dBアソシエイト・ダンサーの武井琴さんにお話を伺いました。
───これまでの8ヶ月間で、自分にとっての大きな変化や、何か影響を受けたことがあれば聞かせてください。
国内ダンス留学での経験
山下:私はコンテンポラリーダンスのことをこんな風に学ぶのは初めてだったので、今回いろんなクラスや講座を受けたり、振付家の方に出会ったりするなかで、ダンスには本当に様々なアプローチの方法があるということを知りました。それと同時に、実はみなさんダンスについてかなり共通したことを語られていることにも気がついて、それを自分でもなんとか掴みたいなと思っていました。私にとっては、何かひとつの出来事によって自分が大きく変化したというよりも、日々あらゆる物事から刺激を受け続けて、少しずつダンスに親しんでいったという感覚があります。
武井:私はダンス留学5期(2016年度実施)のプログラムにも参加していて、今回はアソシエイト・ダンサーとして8期のみんなと共に過ごしていますが、2度目の留学のような感覚でもあります。5期の当時は休む間もなく次々に振付家の方と出会い、ひたすら作品を踊り続けて過ごすという経験をしました。個人的に今回5期のときと違うのは、沢山の出会いのなかで何かを外から取り入れるというよりは、もともと自分の内側に持っていたものを振付家や講師の方々に引き出していただいたような感覚があることです。自分の考えを言語化する機会が5期のときより圧倒的に多かったのも一因かもしれません。ディスカッションやフィードバックで他のメンバーの考えを深く知ることを通して、逆に自分の好みや苦手なこと、感じていること、まだ見えていないことなども明確化していくことができたと思っています。
新井:私はこれまで振付を踊るという経験が少なくて、「振付とはなんなのか」が知りたくてダンス留学に参加しました。踊るときに何を考えたり感じたりすればいいのかについても、ずっと掴みあぐねていたのですが、私にとっては寺田作品『Fugue』がひとつの大きなターニングポイントになったと思います。クリエーションのなかで、全身の動きを頭で考えすぎて「踊り方がマシーンみたいになっている」と指摘されたことがあったんです。そのときに「どう動くかより、いま身体に何が起こっているかを感じてみたら」とアドバイスをいただいて、すごく腑に落ちた瞬間がありました。『Fugue』は振付を正確に踊る作品でしたが、同じ動きを何度も繰り返しなぞるなかで、体を運ぶときの軌道というものが少し見えてきた気がして、とても大きな収穫でした。
自分の内側と外側、身体への意識
山下:もともと私がダンス留学に参加したきっかけは、いくつかの場所での暮らしを経て「場に影響される身体」に関心を持ったことでした。最近ではその「場の影響」について、単純に土地だけではなくて状況や立場など、その人を取り巻く環境にまで視野が広がってきています。これも新長田や駒ヶ林での生活を通しての変化のひとつだなと思っています。
武井:山下さんが言うように、暮らしている環境と身体との関係ってとても面白いなと思います。私は最近、ダンスを作ったり踊ったりするとき、生活の場で目にした光景や人の動作とか、風や自然やいろんなものがぎゅっと凝縮して自分の体に蓄積されて、それがふと滲み出るように踊れているような感覚があるんです。ダンスってその凝縮したものを、限られた時間のなかでいかに見る人に共有できるかということなのかもしれないなと。この数ヶ月で少しだけそういった身体言語が自分のなかから出やすくなったように感じていて、もしかするとダンスってこうやって血肉になっていくのかもしれないと思っています。
新井:踊っているときの身体感覚について私が思うのは、私自身は動きそのものにはあまりこだわりがなくて、その人の内側で何が起こっているのか、何を意識して踊っているのかが気になるんです。私にとって、見ていてハッとするようなダンスって、自分のコントロールを超えたところで身体を扱えるような、「内側の感覚に嘘がない身体」だなと。心臓は決して自分の意思で動かすことができないように、いくら体の利くダンサーだとしても自分の身体の全てを制御しきれるとは私は思っていません。今までいろんな作品を見る中で、私は「意識が身体に対して傲慢でない身体性」が好きなんだなと思っています。
───クリエーションはどんな様子でしょうか? 空中で踊ることについて、みなさんが今考えていることもお聞きしたいです。
地上と空中での身体の違いから考えること
山下:空中と地上とでは、体の扱い方がやっぱり全然違うと感じています。空中では器具に頼らざるを得ない以上、どうしても動きを制限されてしまうし、重力があるから形を長時間維持しづらいという制約もあります。ただ動いていればいいわけでもなく、体のどの面を持ってくるかということにも気を配らないといけなくて、見せ方が難しいですね。でも、不自由な空中だからこそ見えてくる動きもあります。身体の動かし方の認識に今までとはまったく異なるスイッチを入れる必要があって、とても面白いです。
武井:エアリアルのパフォーマンスは、私たちはみんな今年に入ってから始めたばかりで、それを習得していく過程で身体をコントロールできないもどかしさも日々感じる一方、自分の体に起きていることや、かかっている重力なども新鮮に感じ取っています。ただ踊る、ただ普通にそこに居るということを自分に問うようなクリエーションです。今回の作品ではいわゆるダンスだけではなくて、その手前のもっとシンプルな身体を見せられる可能性があるのではと思っています。ロープや器具と並列して「立っている体」や「寝ている体」が存在する。そのように体を扱えるという意味では、すごく幅の広い作品だなと思います。踊るときの身体やその状況について、根本的なところから考え直すいい機会になっているなと思います。
空間を身体で捉えること
山下:今回、空中に吊られることで上の方に意識が向いて、そういえば劇場にはこんな空間もあったんだなとハッとしました。同じように、街のなかでも上に意識が向くようになりましたね。空中に浮くまでは考えたこともなかったような場所に、今では自分の体が存在できる可能性があるということが、すごく不思議で面白い感覚です。
新井:私も今回のクリエーションでは特に、床という平面だけでなく上下にも広がった立体的な空間を把握する力が必要だなと感じています。誰かと繋がった状態で地上や空中を動くときには、自分のことだけではなく相手と空間のことも同時に考えなければならなくて、頭をフル回転させています。物を介して誰かと一体感が生まれる瞬間は、自分の重さだけじゃなくて、相手の重さやロープとのつながりがはっきりとわかって、すごくクリアに世界が広がっていく感じがします。これは地上ではとても味わえない体感だなと。とてもスリリングで、否応なしにエッジに立たされる感覚です。身体的に瀬戸際の地点でどこまでも思慮深くいられるのが、空中での面白さですね。本当は地上でも同じように、いい意味で神経質でありたいですが、なかなか空中と同じようにはいかない。地上でもぎりぎりのところへ身体を持っていけるようなコンポジションや振付ってどんなものだろうと考えています。
あとは、今回もまた衣装コーディネートを担当していますが、地上と空中で身体の存在感がまったく変わるので、なかなか難しいです。重力のかかり方が違うし、ライトも近いので色の映え方も変わってきますよね。それでも今回のダンス留学では、踊るだけではなくて衣装を考えたり小道具を作ったりする機会もいただいて、モノの存在感や見え方、それの意味や、作家の意図などを考えることができているのは本当にいい経験だなと思っています。
───最後に、成果上演への意気込みを聞かせてください。
山下:今回私が一番苦戦しているのは舞台での「立ち方」、自分の身体の在り方です。今回、より空間が見えるような作品だと思うので、空間を引き立たせるための立ち方を本番までまだまだ探っていきたいと思っています。
武井:今回の作品の中ではダンサーごとにいろんな役割を担う必要があって、物理的にモノを扱うというタスクもあるし、一方では地上で息をそろえて踊る場面もあります。ダンサーとしては今が一番情報量の多い状態で、各自で調整をしているところだと思います。ここから本番までに、お客さんが見ている景色を自分たちで把握できる段階まで持っていく作業になると思っています。
今ここに集まっている私たちのバックグラウンドは様々で、実は考えていることや好みも全然違ったりするけれど、そのことをお互い認識した上で、尊重しあって一緒にいられるという安心感があります。だからこそ、無理にひとつのところにまとめなくてもいいなと。この関係性がそのまま作品に乗っかって、お客さんの視線も巻き込んで、安本さんの見たい景色を作っていけたらいいなと思います。
新井:これから本番へ向けて、作品として成立するように構成していかなければならないけれど、けして保守的にはならず、鋭利なものが現れてくるようにこのメンバーで突き詰めていきたいです。そしてお客さんのなかにも自分たちのなかにもひとつずつ確実に重みが残っていくように、シンプルだけど突き抜けるように踊りたいと思っています。
【公演情報】
国内ダンス留学@神戸8期
成果上演『Escapist』
この世は優しい人から倒れていく。
逃げることから、逃げられない。
不安と焦燥が押し寄せるなか、地に足付けずに踊っている。
夢と現実の境界はあやふやで、ゆらゆらとして心地いい。
床上5センチのもどかしさ。
足元にはワニがいて、背後には暗がり。
もうあと少しで空にとどく。
◉日時
2023年
3月11日(土)14:00、18:00
3月12日(日)14:00
◉会場
ArtTheater dB KOBE
(神戸市長田区久保町6-1-1 アスタくにづか4番館4階)
◉料金
一般|1,500円
割引|1,000円(長田区民、会員、U25、障がい者・介助者、65歳以上)
中高生|500円
小学生以下|無料
※ 当日券は、200円増し
チケット予約:
▶︎WEB https://8ki-escapist.peatix.com (Peatix)
▶︎TEL 078-646-7044 (NPO法人 DANCE BOX)
▶︎MAIL info@db-dancebox.org(NPO法人 DANCE BOX)
◉クレジット
振付・演出:安本亜佐美
出演:新井海緒、長野里音、森脇康貴、山下桃花、高瀬瑶子、武井琴、安本亜佐美
協力:楢崎如乃
メンター:余越保子
これまで8期生たちは、表現の様々な手法やテクニック、ノウハウなどを学ぶだけでなく、アーティストたちのダンスと生きる姿を何度も目の当たりにしました。貪欲に真摯に自身の身体や表現と向き合い続け、昨年7月末プログラムがスタートした頃とは、明らかに違う景色を見ている身体があります。本公演では、現代サーカスのエアリアルパフォーマーとして国内外で作品を発表し続ける8期振付家コースの安本亜佐美が振り付けし、ダンサーコースの8期生たち、dBアソシエイト・ダンサーらと協働します。国内ダンス留学@神戸では初の空中パフォーマンスです。どうぞご期待ください。
主催 : 文化庁、NPO法人 DANCE BOX
企画・制作:NPO法人 DANCE BOX
文化庁委託事業「令和4年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」国内ダンス留学@神戸8期+
Commentaires