批評家講座

「ダンス批評の現在/批評家の仕事に迫る」

批評家の仕事の魅力とは何だろうか。

批評家はダンス作品やダンスをめぐる潮流や状況を、どのように観て、分析し、アウトプットするのだろうか。

 

日本国内で活動している6名の批評家(ダンス等について取り上げている方)をお招きし、先ずは、批評家の目線や手つきについて、参考となる作品映像等を通して具体的に紐解いてみたい。そこから多様な批評観が立ち現れないだろうか。そして、それぞれの批評家の考えるこれからの展望を聞いてみたい。そのことから思考できるダンスの未来があるのではないだろうか。

 

ダンス作品等を言語化すること。ダンス作品等に対する評価軸を豊かにすることと同時に、残すことのできない舞台芸術の貴重な記述ともなる。それは、国内外の、現代の、そして未来のアーティスト、様々な関係者、観客とをつなぐものになるだと思う。まずは、批評家の仕事について、迫ることから始めてみたい。

会場:ArtTheater dB 神戸 ロビー

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武藤大祐

ダンス批評家、群馬県立女子大学准教授。2000年に『バレエ』誌で公演評を書き始めて以降、トークやシンポジウムの他、審査、制作、ドラマトゥルクなど現場にも関わる。研究者としては20世紀のアジアを軸とするダンスのグローバル・ヒストリー、および新しい振付の理論を掘り下げている。共著『Choreography and Corporeality』(Palgrave Macmillan、2016年)、『バレエとダンスの歴史』(平凡社、2012年)、論文「大野一雄の1980年」(『群馬県立女子大学紀要』33号、2012年)等。振付作品『来る、きっと来る』(2013年)、「龍神JJ」(2016年)。2005年アジアン・カルチュラル・カウンシル・フェロー。2007~14年、Indonesian Dance Festival共同キュレーター。2016年より三陸国際芸術祭プログラムディレクター(海外芸能)。

「ダンスを考えるということ――枠組と問題意識」

ダンス批評といっても、決まった方法があるわけではなく、つきつめれば個々人の多様な試みだと思います。どんな問題意識を持ち、何を目的とするか――さまざまな姿勢がありえます。私の場合は、コンテンポラリーダンスがきっかけでダンスへの執着が始まり、やがて1960~70年代アメリカの前衛に興味を持った後、近現代アジアの舞踊史を研究するようになり、現在は振付の理論を考え、実践しています。それなりに積み重なった一続きの探究のつもりですが、十数年の間にダンスの捉え方もかなり変化してきました。自分自身をサンプルにして、ダンス批評の「枠組」と「問題意識」の相関を考えてみたいと思います。

​竹田真理

ダンス批評。東京都出身。1990年代半ば、バブル経済とともに到来したダンス・ブームに乗りコンテンポラリーダンスの舞台に足を運ぶ。平行して、舞台を見て・書くための講座(東京ダンス機構主催「舞踊学」、世田谷パブリックシアター主催「舞台芸術のクリティック」)に参加、批評を志す。批評誌「ダンスワーク」「季刊ダンサート」にレビューやインタピュー記事を執筆。99年、淡路島へ拠点を移したのを機に関西のコンテンポラリーダンス・シーンを取材し始め、主に東京の媒体に寄稿。前掲2誌の他、「バッカス」「音楽舞踊新聞」「シアターアーツ」等。また関西発の媒体では批評紙「Act」、毎日新聞大阪本社版、ウェブ媒体「dance+」「REAL KYOTO」等。

「ゼロ地点からの批評」

舞台に一個の身体があり、その動きや存在の様態を言葉にして舞台を見なかった人に「そこで何が起こったか」を伝えること。ダンス批評は動きを言葉に置き換えることの一点から始まり、ほとんどのダンス批評家は常にいまだにこの置き換え作業に腐心し、言葉を探し、苦しみながら書いている(と思う)。そのために舞台を見ながら暗闇の中でペンを走らせ、膨大なメモをとる。この作業が連れ出す批評の可能性と限界を、日本のコンテンポラリーダンス30年の歩みに突き合わせながら見ていくと、「コンテンポラリーダンス=現代のダンス」の紋切り型では済まない様々な主題の変遷や新しい表現形態の登場があったことが見えてくる。手探りの試み。

藤原ちから

1977年高知生まれ、横浜在住。批評家、編集者、BricolaQ主宰。雑誌「エクス・ポ」、武蔵野美術大学広報誌「mauleaf」、世田谷パブリックシアター「キャロマグ」などの編集を担当してきた。批評家としては、徳永京子と共著『演劇最強論』(飛鳥新社)のほか、ウェブサイト「演劇最強論-ing」を共同運営。NHK横浜のラジオ「横浜サウンド☆クルーズ」では現代演劇について語っている。本牧アートプロジェクト2015プログラムディレクター、APAFアートキャンプ2015キャプテンなど、キュレーションや人材育成も行う。アーティストとしても活動し、遊歩型ツアープロジェクト『演劇クエスト』を、横浜、城崎温泉、マニラ、デュッセルドルフなど各地で創作中。

「黒船(演劇批評)から見たコンテンポラリーダンス」

現代演劇とコンテンポラリーダンスの境界は、すでにいくらか溶けつつある。とはいえ、やはりそれぞれ独自の土壌は確固としてあり、両者を繋ぐ共通言語はまだまだ少ない。もっと交換できるものがあるはずだが……。 この講座では、演劇批評を、コンテンポラリーダンスを外部から見つめる「黒船」に見立ててみる。この「黒船」がダンスにとって敵か味方かはわからないが、いずれにしてもその思考回路を知ることは、これからダンサー、振付家、制作者、ドラマトゥルク、批評家等を志望する人にとって無駄ではないだろう。日本の現代演劇の文脈や、世界的なコミュニティアートの傾向について語る中で、コンテンポラリーダンスがどこに向かっていくかを議論する。

古後奈緒子

舞踊史・舞踊理論研究、舞台芸術の批評、翻訳、記録。ダンスウェブマガジンdance+運営、document/a©tion主宰。留学註に出会ったパフォーマンスへの応答が、舞台芸術批評を始めたきっかけでした。専門は舞踊史で、現代の舞踊鑑賞の枠組みを形作った一方、過去としての異質性も備えている、そんな蝶番のような時代と地域の舞台舞踊をコウモリのように研究しています。1972年生。大阪生まれ大分育ち。大阪外国語大学ドイツ語学科卒。大阪大学文学研究科文化表現論(美学)修了。大阪大学文学研究科助教。神戸女学院大学、京都産業大学非常勤講師。

インスタレーションとしての空間における全能の視点の行方

〜コンテンポラリー・ダンス「を」わからない人との対話のために〜

身体という政治の塊をめぐる感性や思考を、それに意味があると考えるのはたとえ自分一人かもしれなくても人前に出してよい。むしろその他者との共有の試みが社会的価値へつながってゆく。そのようなしくみの場を人類は1900年前後に獲得し、ある種暴力的なモダニティや資本主義の波にも乗って世界に拡散してきました。このパブリックな場をコミュニティに回収せず後続に手渡すためのタスクとして、わかってくれる人、支援してくれる人の輪の外に出て対話をするのがよいように思われます。その際、最も手強い「なんだかよくわからない」の正体について、全能の視点の喪失という傾向を手がかりに、みなさんと考えてみたいと思います。 ※簡単なお話の後、絵やビデオクリップを見て話し合います。ダンスについて書かれた短い文章で、自分が面白いと思うものを持って来て下さい。それについても話し合いましょう。

高嶋慈

美術批評。京都市立芸術大学芸術資源研究センター研究員。

現在、artscape(http://artscape.jp/)にて、現代美術や舞台芸術に関するレビューを連載中。また、小劇場レビューマガジン『ワンダーランド』(http://www.wonderlands.jp/)や『シアターアーツ』(http://theatrearts.a

ict-iatc.jp/)にて舞台評を執筆。企画した展覧会に、「Project ‘Mirrors’ 稲垣智子個展:はざまをひらく」(2013年、京都芸術センター)、「egØ-『主体』を問い直す-」展(2014年、punto、京都)。

「ダンス」を外側のフレームから考える

「批評」という営みは、相容れない両義性を抱え込んでいるのではないか。それは、作品から触発された思考を言語化する過程において、自己と向き合う孤独な作業であると同時に、他者と共有可能な公共性を備えている必要があります。そしてこの「公共性」には、未来の観客も含みます。作品は、現在時で完結せず(=消費の対象ではなく)、書き込まれていくべき余白を常に抱え込んでいると言えます。その意味で批評は、現在時の思考の記録であるとともに、思考のアーカイブを残していく作業でもあります。さらに、個別的な作品に触発されて書かれる批評は、個別性・具体性をきっかけとしながら、歴史的、社会的、政治的、美学的な様々な問題へのアクセスを通して、普遍性にも開かれています。

私自身は、現代美術批評にたずさわる中で、身体的なパフォーマンスを伴う作品への関心から舞台芸術を見るようになりました。この講座では、いくつかの具体的な作品を手がかりに、「異言語との接触と身体の変容」「記録と再現」「テクノロジーと身体」「一回性と複製」など、共通する問題意識や同時代性について考え、「ダンス作品をつくること・見ること」を支える思考のフレームを広げたいと思います。

中島那奈子

ダンス研究者、ダンスドラマトゥルク、日本舞踊宗家藤間流師範。実験的な舞台作品のドラマトゥルギーを手がける。近作にセバスチャン・マティアス振付「x/groove space」(フェスティバルトーキョー2016)。日本とベルリンを拠点にダンスプログラムのキュレーション「ダンスアーカイブボックス@TPAM2016」や、シンポジウム「老いと踊り」開催も手がける。ダンスをめぐる論考多数。

ダンスドラマトゥルギーのイロハ

ダンスを見て分析することは、ダンスを作ることにつながる?前半は私の最近のプロジェクト紹介を兼ねながら講義形式で進め、近年のダンスフェスティバルの動向やダンス理論などを紹介していきます。後半はパフォーマンス分析という手法を使いながら、ダンス作品について議論し、そのようなドラマトゥルクとの対話がクリエーションにつながっていく参加形式の講座にしようと思います。